2009年03月21日

精神病的症状とフェティシズム

精神病とフェティシズムについて独自の観点で考察してみます。

フロイトは足や髪、衣服などを性の対象とするフェティシズムは
幼児期の体験に基づくものと考えているそうだ。
確かに、口唇期や肛門期の快楽が成人になっても遷延されて、
通常の性欲と絡み合ったというフェティシズムの形態はあると思います。

因みに、私は体の部位を好むフェチはフェティシズムに
該当しないことが多いと考えています。
例えば、鎖骨やうなじが好きという人が
その部位だけを見て性的興奮を覚えたとしても、
多くの場合相手との性交の欲求が根底にあるでしょう。
鎖骨フェチというならば、性交を度外視にして鎖骨のみで
性的興奮を得られなければなりません。


以下は、フェティシズムの一つの素因として
精神病が関連するのではないかという話です。

少しネットサーフィンをして調べてみましたが、
精神病の症状に対する不安や、そこから逃避しようとする意図が、
性の様式を歪めているというメカニズムで
論じているものが多いと感じました。
その可能性もあると思います。

しかし、私は別のアプローチで考えてみました。
私の仮説は要するに、フェティシズムは精神病的症状を
再現しようとして引き起こされる場合がある、ということです。
例を挙げてみます。

・例1:離人症とゼンタイフェティシズム
離人症というものがあります。
これは統合失調症や極度の疲労状態で起こるもので、
他者や身の回りの事物との間に分厚い壁があって、
自分と関係があるようには感じられない、
という感覚が起こるものです。
 ↓
この無い筈の壁は不安を引き起こします。
 ↓
そこで実際の壁を作る、すなわち、全身タイツを着用することで
世界との間に壁を築きます。
その瞬間の外界との隔絶感は全身タイツの所為なので、
ある意味で離人感から解放される。
全身タイツで人目にさらされた時、確かに他者はこちらを見るが、
「自分を見ているようで、見えていない」のです。
これは正に離人感の再現です。
他者がこちらには気づくが、自分のことが見えていないのは、
全身タイツに原因を帰することができるので、
その時は隔絶感による不安から解放されているのです。
全身タイツ以外にも、マスクや仮面、ラバースーツなどで
外界との隔絶感を再現する場合もあるでしょう。

・例2:自閉症と拘束フェティシズム
ここで扱う自閉症は、発達障害の一つの自閉症ではなく、
統合失調症の症状としての自閉症です。
ブロイラーによれば、自閉症は
「内的生活の比較的あるいは絶対的優位を伴うところの現実離脱」
と定義される。
こうした人間における外界は、もはや現実的意味を失い、
自分だけの空想的世界にのみ生きる。
外部からは寡黙で人を寄せ付けぬ冷たさと映る。
ミンコフスキーは「現実との生きた接触の喪失」と規定し、
かつ貧しい自閉と豊かな自閉とを区別した。
自閉の中にも非現実的ではあるが
空想豊かで行動的なタイプのあることを示した。
 ↓
こうした「外界を捨て、内界に篭る」という
自閉症の特徴に着目したい。
自閉症者は、外界と関係を持てずに焦燥感を覚えます。
 ↓
そこで、自分の体を拘束してしまうのです。
拘束されることで外界と関わる術を失っているから、
心置きなく外界との関係を断絶し内に篭ることができるのです。



このように苦悩や違和感をもたらす精神病的症状を
敢えて自ら再現することで、そこから解放されるのです。
換言すれば、外界とは相容れない精神病的状態が
その人にとっての理想の現存在様式になっていて、
その状態を明確に表現することにより
快楽を得ることができると考えるのです。


最後に、フェティシズムの素因と考えられるものを簡単にまとめてみましょう。
・先天的嗜好
・過去の体験に起因する心理的な固着およびインプリンティング
 (フロイトが述べたようなこと)
・精神病の苦痛から逃れたいという欲求
・精神病的症状を再現しようとする欲求(今回紹介した内容)

3つ目と4つ目は似ていますが、
前者の方が逃避的にフェティシズムに行き着いたというニュアンスですが、
後者は能動的にフェティシズムに向かっているというニュアンスです。


posted by creepy at 04:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 性科学・フェティシズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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