
「人気ミュージシャンのUAと浅野忠信共演の、個性的な人々が集う銭湯を舞台にしたラブ・ストーリー。
父親と銭湯を営む涼(UA)は、自他共に認める雨女。婚約者と父を同時に亡くし、傷心旅行に出た涼が旅から帰ってみると、留守宅に見ず知らずの男・優作(浅野)が上がり込んでいた。 手配中の放火魔である優作と涼の奇妙な共同生活がはじまり、やがてふたりは愛し合うようになる。
雨女の涼と火に安らぎを覚える優作という取り合わせがおもしろく、孤独を癒やしあい、愛しあうようになるさまが水と火を使った詩的な映像でつづられている。UAと浅野忠信の相性もよく、UAは初主演作とは思えないな自然さ。共演の小川眞由美、江夏豊、元JUDY&MARYのYUKIなど個性的な面々が、物語をより豊かなものにしている。(Amazonより)」
この映画の登場人物には、それぞれ地水火風のイメージが割り当てられています。先ず簡単に紹介しておきます。
・清水涼(雨女 UA)「水は自由自在に形を変える。全てを受け入れて他を潤す。」
・宮澤優作(火の男 浅野忠信)「火はヒトとしての生活をするために不可欠。ただ、コントロールできないと、人やものを焼き尽くしてしまう。不思議な魅力を持つ。」
・ユキノ(風の女 HIKARU)「奔放に旅をしている。関西弁のせいか、芝居がぎこちないがそんな事はどうだっていい。淀んだ空気や心を一掃する存在。彼女の言葉は涼に少なからず影響を与えた。」
・翠(地の女)「地を這うように生きている。守るべき尊いもの。大地の怒り。大地は水を蓄え浄化する。水を守り、また守られている。」
日本人のための日本映画。精神や習俗を伴った日本の美は、そうそう外国人には解らない。
この映画の舞台となる銭湯は地水火風を合わせ持つノスタルジックな場所。
ストーリーも地水火風の性質の視点から追うことができる。
涼が優作の名前や過去を聞きたくないと言ったのは、当にユキノの言葉を受けてだ。涼は水が形を自由に変えるように、他人や他人の考えを包み込む様に素直に受け入れる。
優作はしばしば攻撃的衝動に駆られる。洞窟で涼を襲ったときも、直ぐに何事も無かったように会話していた様に、それは突発的で直ぐに冷めるし、自己嫌悪を感じることもある。優作が炭の様に全身真っ黒になってしまう悪夢は過去の過ちは垢の様には流すことが出来ないことを暗喩している。
しかし、涼が降らせた雨だけは優作の全身にこびり付いた黒いもの、罪や過去を洗い流すことが出来た。涼と居るときだけは、何もかも忘れることが出来る。二人は現在のみを生きようとしているからだ。いつか必ず壊れる関係だと分かっていても、今が良ければそれで良かった。その一瞬一瞬が全てだった。
男湯と女湯を隔ててバトミントンをする。
雨の降る森の中で体を重ねる。
水を張った浴槽で二つの裸体が揺らめく。
海岸で犬の散歩中のおっさんが「なんで、お前は俺の夢に出てくるんや」と嘆いているのを目にした優作はにやけながらその言葉を連呼した。
その時、自分の中の涼の存在が大きくなっていたことを改めて実感したのかもしれない。
その後、優作が不意にキレて廃タイヤにに火を着けてしまったのは、涼との生活は、ずっと続けることは決して出来ないと気付いてしまったからかもしれない。「もう遅いねん」という呟きからも、もっと早く涼と出会えたら良かったのに、という気持ちが感じ取れる。
優作は自制できない自分を恐れている。だが、隣に水があれば直ずに鎮火できる。だから、涼といると落ち着くのだろう。
優作が指名手配犯と解った時、翠は大地が怒り出したかのように強烈に憤怒の様相を露わにした。自分を潤してくれる水を汚されるのではないか、守らなくては、という感情からだろう。

銭湯のタイルに描かれた富士山の塗り替えシーンは好い。毎年生まれ変わる不変の富士山。ラストの上空からの視点の夕日を浴びた富士山も圧巻だった。絵が床や浴槽にまで飛び出している、その自由で型破りな発想から、あの絵はユキノによるものかもしれない。
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